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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1757号 判決 1987年11月24日

原告

武内運送株式会社

被告

大塚鉄工株式会社

ほか一名

主文

一  被告大塚鉄工株式会社は原告に対し、五二五万〇五五四円及びこれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告金澤工業株式会社は原告に対し、四一四万三三六三円及びこれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告大塚鉄工株式会社との間に生じたものはこれを五分し、その四を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告金澤工業株式会社との間に生じたものはこれを四分し、その三を原告の、その余を同被告の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告大塚鉄工株式会社は、原告に対し、二四七三万九七九一円及びこれに対する昭和五九年一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告金澤工業株式会社は、原告に対し、一五三〇万七九二九円及びこれに対する昭和五九年一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告大塚鉄工株式会社(以下「被告大塚鉄工」という。)は、昭和五三年五月二五日、訴外芳村石産株式会社(以下「吉村石産」という。)からその美山工場の砕石プラント改造工事及び製砂プラント工事を請け負い、そのうち集塵機設置工事及び集塵ダクト配管工事を訴外冨士産業株式会社(以下「冨士産業」という。)に下請けさせ、これを同会社は訴外上野エンジニアリング株式会社(以下「上野エンジニアリング」という。)に、更に同会社は被告金澤工業株式会社(以下「被告金澤工業」という。)に順次下請けさせ、同被告の代表取締役である訴外金澤美喜雄(以下「金澤」という。)らが右工事を施行した。

(二) 原告は、被告大塚鉄工に対し、後記クレーン車を貸与するとともに、原告の従業員である訴外坂本信義(以下「坂本」という。)をその運転手として派遣した。

2  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一月二九日午後四時一二分ころ

(二) 場所 八王子市美山町三八八番地所在の芳村石産美山工場集塵ダクト配管工事(以下「本件工事」という。)現場

(三) 加害車 クレーン車(多摩八八や一〇一二号、以下「加害車」という。)

右運転者 坂本

右所有者 訴外富士リース株式会社(以下「富士リース」という。)

(四) 事故態様 坂本は、加害車を運転し、金澤がワイヤーロープで一本掛け(長物の物体が水平になるようにその中心の一箇所を縛つて吊り上げる方法)した重さ一六六キログラム、長さ五・五メートル、外径二一六ミリメートルの鋼管(以下「本件鋼管」という。)を同人の指示に従つて吊り上げ、加害車のブームを回転させて約三〇メートル先の場所に移動させようとした際、右鋼管が、均衡を失して大きく傾き片方の先端が着地し、緩んだ右ロープから抜け落ちて倒れ、その付近で熔接作業に従事していた訴外高橋幸治(以下「高橋」という。)の背面に激突した(以下「本件事故」という。)。

(五) 結果 高橋は、本件事故により脊髄損傷、右上腕骨骨折、頭部外傷、右肋骨(第二ないし第一二)骨折、右肩甲骨骨折、全身打撲等の傷害を受け、昭和五四年一月二九日から同五六年六月一四日まで入院加療し、更に退院後も通院を継続していたが、同五七年四月三〇日症状固定と診断され、外傷性脊髄麻痺、頭部外傷後遺症により両下肢の完全麻痺、右上肢各関節の運動障害、膀胱・直腸機能障害等の後遺障害が残り、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の査定において自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表所定の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)第一級の認定を受けた。

3  責任

(一) 金澤及び坂本の過失

本件事故は金澤と坂本の各過失が競合して生じたものである。すなわち、金澤は、玉掛けの資格を有し、本件工事及びこれに伴う鋼管等の移動作業の指揮並びに保安業務に従事していたものであるところ、右工事において本件鋼管を加害車で移動するに際し、右鋼管が一六六キログラムの重量を有し、長さ五・五メートル、外径一一六ミリメートルと細長いので一本掛けでは均衡をとりにくい上、付近で高橋らが作業に従事していたのであるから、右鋼管の移動の際の滑落の危険を考え、二本掛け(二箇所を縛る方法)等複数の玉掛けで安定を取り、かつ、高橋らを避難させる等、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然と一本掛けの玉掛けをし、かつ、高橋の避難の有無を十分確認しないまま、坂本に加害車のクレーン操作を指示した過失により、本件事故を発生させたものである。また、坂本は右クレーンを操作する際、右の状況を考え、金澤の玉掛け方法を改めさせ、かつ、高橋らが避難したことを確認してからクレーンを操作する等、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然と金澤の指示に従つてクレーンを操作した過失により、本件事故を発生させたものである。

(二) 原告の責任

原告は、坂本の使用者であり、また、加害車の運行供用者であるから、民法七一五条一項、自賠法三条に基づき、同人の業務執行中に生じた本件事故によつて後記高橋らに生じた全損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告大塚鉄工の責任

被告大塚鉄工は、元請負人として、本件工事の全従業者に対する最高の指揮監督権を有し、金澤及び坂本を全面的な指揮監督下に置いていたうえ、加害車の運行供用者であつた。すなわち、同被告は、訴外中條留由(以下「中條」という。)らを本件工事現場に常駐させて本件工事全般に関する指揮をさせ、その監督のもとに本件工事を施行させていたのであるから、下請負人である被告金澤工業の代表者の金澤に対しても被告大塚鉄工の指揮監督関係が及んでおり、その関係は使用者と被用者との関係ないしこれと同視し得る関係である。また、同被告は、原告から運転手付きで加害車を借り受けて、その運転手である坂本を指揮監督して本件工事の施行に当たらせていたものであり、同被告と坂本とは使用者と被用者との関係ないしこれと同視し得る関係にあつたとともに、同被告は加害車の運行を支配し、かつ、運行利益を受けていたものである。したがつて、同被告は、民法七一五条一項、自賠法三条に基づき、本件事故によつて後記高橋らに生じた全損害を賠償すべき義務がある。

(四) 被告金澤工業の責任

被告金澤工業は、同被告代表者金澤の過失に起因して本件事故を発生させたから、民法四四条一項に基づき本件事故によつて後記高橋らに生じた全損害を賠償すべき義務がある。

4  高橋らに生じた損害

本件事故によつて、高橋、同人の妻文子及び長男孝太(以下右三名をまとめて「高橋ら」という。)に生じた損害は、左記内訳のとおり、八四一三万八二〇〇円を下らない。

(一) 高橋らが原告となつて本件原告及び富士リースを被告として提起した東京地方裁判所昭和五七年(ワ)第八四二三号損害賠償請求事件(以下「別件訴訟」という。)の判決で認容された金額 四八七九万五一五七円(内三〇〇万円は弁護士費用)

(二) 右(一)に対する昭和五七年七月一五日(別件訴訟の訴状がその右被告らに送達された日の翌日)から同五九年一月二七日(支払日)までの年五分の割合による遅延損害金 三七〇万七八四三円

(三) 自賠責保険からの支払金相当額 二一二〇万円

(四) 被告大塚鉄工を事業主とする労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)からの休業補償金分相当額 二七八万〇二八九円

(五) 右労災保険からの傷病及び傷害年金相当額 六一三万五二〇〇円

(六) 被告金澤工業からの支払金相当額 一五一万九七一一円

5  求償権の発生

(一) 支払

原告は、昭和五九年一月二七日、右4の(一)及び(二)を、加害車についての自賠責保険の保険会社である訴外興亜火災海上保険株式会社(以下「興亜火災」という。)は、昭和五六年四月二八日、同(三)をそれぞれ高橋らに対して支払つた(支払合計七三七〇万三〇〇〇円)。

(二) 負担割合

(1) 原告、被告大塚鉄工及び被告金澤工業は、右3のとおり、各自高橋らに生じた全損害を賠償すべき不真正連帯債務を負担したものであるところ、不真正連帯債務者相互間の負担割合は、原則として被害者の損害発生に対する共同不法行為者各自の加功度ないし寄与の程度によつて定めるべきであり、また、負担割合を定めるに当たつては、直接の不法行為者(本件においては金澤と坂本)の過失割合が考慮されるべきであるが、民法七一五条一項との関係では、使用者と被用者とを分割してそれぞれの固有の負担部分を考えるのではなく、使用者が被用者と一体として被用者の過失割合による負担部分の全部について責任を負わなければならないし、また、民法四四条一項との関係では、代表者の過失割合による負担部分の全部について法人が責任を負わなければならない。更に、複数の運行供用者が存在する場合の運行供用者相互の負担部分については、結果に対する加功度ないし寄与の程度に加え指揮監督関係の強弱を考慮して決めるべきである。

(2) 本件においては、以下の事情を考慮して負担割合を決めるべきである。まず、本件事故についての直接の加害行為者である金澤と坂本の過失割合については、金澤の過失が、一本掛けの方法では吊り上げた際本件鋼管が均衡を失つて滑落するおそれがあるのに漫然とこの方法を採つたというものであるのに対し、坂本の過失は、金澤の採つた方法を改めさせることなく漫然と吊り上げたというものであるから、金澤の過失の方が重大であり、過失割合は少なくとも五対五である。そして、金澤の右過失割合に基づく負担部分は、被告大塚鉄工及び同金澤工業が全面的に負担すべきであり、坂本の過失については、原告も使用者として応分の負担をすべきであるが、被告大塚鉄工も使用者ないしそれと同視し得る関係にあり、本件工事現場においては、同被告が直接の指揮監督をしていたものであるから、少なくとも坂本の過失に基づく負担部分の半分は同被告が負担すべきである。

さらに、運行供用者責任との関係では、加害車は原告から派遣されたものであり、原告が運行供用者であることは前記のとおりであるが、派遣先である被告大塚鉄工の現場に入つてからは、同被告の指揮監督のもとにその業務を執行していたものであり、同被告の運行支配が直接的なものであるのに対し、原告の運行支配は間接的なものであるから、同被告の負担部分の方がより大きくてしかるべきである。

(3) 以上から、原告、被告大塚鉄工及び被告金澤工業の負担割合は、それぞれ三〇パーセント、四〇パーセント、二〇パーセントとするのが相当である。

(三) 求償金額

原告は、全損害額八四一三万八二〇〇円のうち三〇パーセント分の二五二四万一四六〇円を負担すべきところ、右(一)のとおり七三七〇万三〇〇〇円の出捐をしているから、四八四六万一五四〇円について負担部分を超える支払いをしたことになる。

したがつて、被告大塚鉄工は、同被告の負担額である三三六五万五二八〇円から右4の(四)及び(五)を控除した二四七三万九七九一円、被告金澤工業は、同被告の負担額である一六八二万七六四〇円から右4の(六)を控除した一五三〇万七九二九円の各支払義務がある。

よつて、原告は、求償金として、被告大塚鉄工に対し二四七三万九七九一円、被告金澤工業に対し一五三〇万七九二九円及びそれぞれに対する原告の出捐日以後の日である昭和五九年一月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告大塚鉄工

(一) 請求原因1(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、坂本が原告の従業員であることは認めるが、その余の事実は否認する。被告大塚鉄工は、運送業者である原告に本件工事現場の資材等重量物の搬送移動業務を注文したものである。

(二) 同2の各事実は認める。

(三) 同3(一)及び(二)の事実は認める。(三)の事実は否認ないし争う。

原告は、被告大塚鉄工から本件工事現場の資材等重量物の搬送移動業務を請け負い、その従業員である坂本をして右作業を遂行させ、その具体的作業は同人が被告金澤工業の代表者である金澤と打ち合わせて、共同で行つていたものであり、被告大塚鉄工はこれに関与していないし指揮もしていない。したがつて、同被告は、坂本の使用者ないしそれと同視し得る関係にはない。また、加害車の運行供用者は原告であつて、同被告は運行供用者ではない。

(四) 同4の事実は認める。

(五) 同5(一)の事実は認める。(二)及び(三)の事実は否認ないし争う。

仮に、被告大塚鉄工が運用供用者であつて、原告らとの間で不真正連帯債務関係を生じるとしても、求償関係ないし求償類似の関係が生じるためには、法律上の規定(例えば民法七一五条三項)あるいは契約関係上の根拠を必要とするところ、本件においては原告と同被告との間で求償関係が発生する法律上の規定ないし契約関係上の根拠はない。更に、求償関係が発生するとしても、坂本及び金澤の共同過失に基づいて本件事故が発生したことは争いのない事実であるから、高橋らの損害は、右直接不法行為者である坂本及び金澤並びに坂本の使用者である原告及び金澤が代表する被告金澤工業で負担すべきであり、その負担割合は全体の少なくとも九〇パーセントを超えるはずである。したがつて、仮に被告大塚鉄工を含めた他の関係者に若干の負担部分があるとしても、それは全体の一〇パーセントを超えることはなく、同被告が右全体の一〇パーセントを超える八九一万五四八九円(請求原因4(四)及び(五))を既に負担していることは、原告の認めるところであるから、もはや同被告が原告から求償を受けるべき理由のないことは明らかである。

2  被告金澤工業

(一) 請求原因1(一)の事実は認め、(二)の事実は不知。

(二) 同2の(一)ないし(三)の事実は認め、(四)及び(五)の事実は不知。

(三) 同3(一)の事実のうち、訴外金澤が玉掛けの資格を有していることは認め、その余の事実は争う。(二)の事実は認める。(四)は争う。

(四) 同4の事実のうち、(六)の事実は認めるが、その余の事実は不知。

(五) 同5の(一)の事実は不知。その余の事実は否認ないし争う。

本件事故の原因となつた本件鋼管等の移動については、加害車であるクレーン車を利用して行うことになり、一回目は右クレーンで鋼管を地上五〇センチメートルないし六〇センチメートル位に吊り上げながら端の方を一人が押さえて移動した。二回目が本件事故であるが、金澤としては、一回目と同じ方法で移動するものと考えていたところ、坂本がいきなり本件鋼管を吊り上げて移動したものである。しかも、本件事故現場には地上で作業中の者がいたので、一時その者たちの避難のため空中で静止後、再移動するときに瞬間的に右クレーンのブームが上下に動いた結果、ワイヤーロープがはずれて右鋼管が落下するに至つたものである。したがつて、本件事故は、坂本の過失によるところが大であり、金澤の過失は小さく、被告金澤工業の負担割合も少ないものというべきである。

三  被告らの主張

1  請求原因5(一)の支払分のうち以下の部分は、求償の対象に含めることはできない。

(一) 弁護士費用

弁護士費用相当額三〇〇万円は、別件訴訟において被告とされた原告及び富士リースが負担すべきである。

(二) 自賠責保険からの支払

自賠責保険からの支払金は、富士リースが加入していた興亜火災からの支払であり、保険会社が自賠責保険金を支払つた場合は、自賠法二三条、商法六六二条、自賠責保険普通保険約款一八条により、当該保険会社が当該損害について被保険者が第三者に対して有する権利を取得(保険代位)するから、保険会社が求償することは格別、この支払金相当額を被保険者(保険契約者)の支払つた賠償額に加算すべきではない。

(三) 共済契約からの支払

原告は、東京自動車交通共済協同組合との間に、共済金限度額を三〇〇〇万円とする共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結し、右契約に基づき三〇〇〇万円の填補を受けているから、原告が支払つた金額のうち三〇〇〇万円は原告自身の出捐によるものではない。仮に原告の出捐であるとしても、その限度で損益相殺されるべきである。なお、そもそも右三〇〇〇万円についての求償は、右協同組合の権利として行使すべきであつて、原告が求償し得る根拠はない。

2  仮に、原告が本件事故の関係者に求償できるとした場合、被告両名以外の関係者である富士リース、冨士産業及び上野エンジニアリングを含めた関係者全員について負担部分を算定すべきであり、このうち冨士産業及び上野エンジニアについては、原告との間に昭和六一年四月一一日、本件訴訟において裁判上の和解が成立し、原告は、冨士産業から一〇〇万円及び上野エンジニアから二五〇万円の償還を受け、その余を放棄しているのであるから、右両会社の負担部分の全額を原告の負担超過額から控除すべきである。

3  被告大塚鉄工を事業主とする労災保険から、高橋に対し、昭和五八年八月から同六一年一〇月分の労災障害補償年金として合計八三六万九八〇〇円が支給されているが、この支給は、別件訴訟の口頭弁論終結時である昭和五八年八月二六日以降ではあるが、右口頭弁論終結前の昭和五七年一〇月二五日に支給決定がされているので、原告としては、右判決に基づく支払の際、この年金給付相当分については支払を留保すべきであり、少なくとも、右支払の時点において既に支給された一三〇万六三〇〇円は判決後に生じた事由として支払額から控除すべきであつた。しかるに原告は、右留保又は控除をせず全額を弁済したのであるから、右金額分については民法四四三条一項の準用により、これを被告らに求償することはできない。

四  被告らの主張に対する反論

1  1についてはすべて争う。

(一) 弁護士費用

高橋らは、本件共済契約を締結していた原告において損害賠償の支払が比較的容易であると判断し、原告を相手に別件訴訟を提起したものであり、殊更被告らを除外したわけではない。また、原告は、右訴訟において和解をするに際し、同被告らに対して訴訟告知をして訴訟参加を促したにもかかわらず、同被告らがこれに参加しなかつたため、判決に至らざるを得なかつたものであるから、弁護士費用相当額について求償できることは当然である。

(二) 自賠責保険の支払

加害車についての自賠責保険の保険契約者及び被保険者は、富士リースであるが、同会社は原告と代表者及び本社所在地を同じくする関連会社であり、かつ、加害車は原告が使用していたものであつて原告も運行供用者であるから、右保険の支払は原告からの支払とみるべきである。また、自賠法は保険会社の第三者に対する求償を認めておらず、自賠責保険は、被保険者が被害者に対して賠償した場合における填補を目的とするものであるから、被告らの主張は理由がない。

(三) 共済契約からの支払

原告が東京自動車交通共済協同組合との間に、共済金限度額を三〇〇〇万円とする本件共済契約を締結し、右三〇〇〇万円の填補を受けたことは認める。しかし、共済契約も自賠責保険と同様に、共済組合の第三者に対する求償を認めておらず、共済金は、契約者が被害者に対して賠償した場合における填補を目的とするものであるから、被告らの主張は理由がない。

2  同2のうち、被告らの主張の和解が成立した事実は認めるが、その余の主張は争う。

3  同3のうち、被告大塚鉄工を事業主とする労災保険から、高橋に対し、合計八三六万九八〇〇円の労災障害補償年金が支給されたこと、昭和五七年一〇月二五日に支給決定がされたこと、別件訴訟の口頭弁論が終結された日が昭和五八年八月二六日であること、原告が別件訴訟の判決に基づいて支払をした時点において既に一三〇万六三〇〇円の支給されていたことは認めるが、その余の主張は争う。高橋らの損害賠償請求権は、労災保険から支給を受けた限度において請求権が消滅するものであつて、将来支給が予定されている労災障害補償年金については、請求権は消滅しないところ、別件訴訟の口頭弁論が終結された日である昭和五八年八月二六日においては未だ右労災障害補償年金の支給はされていなかつた。したがつて、原告は右労災障害補償年金分についても損害賠償支払義務を免れなかつたものであり、被告らの主張は理由がない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)の(一)の事実及び同2(事故の発生)の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで先ず、本件事故に至るまでの経緯及び事故態様について判断するに、右争いのない事実に成立に争いのない甲第三ないし第一〇号証、乙第六号証の二、原本の存在、成立に争いのない同第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認めれる同第一号証の一ないし四、同第二号証の一、二、丙第一、第二号証の各一、二、丁第一ないし第三号証、証人中條留由(後記措信しない部分を除く。)、同森本猛士及び杉岡正章の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認定することができ、証人中條留由の証言中右認定に抵触する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は資本金二〇〇万円、被告大塚鉄工は同三億〇二〇〇万円、冨士産業は同五五〇〇万円、上野エンジニアリングは同一五〇〇万円、被告金澤工業は同一〇〇万円の株式会社である。富士リースは、原告のリース部門を独立させた会社であるが、代表者及び本店所在地は原告と同じである。被告金澤工業は、従業員が四、五名であり、代表者金澤のいわゆる個人会社である。

2  芳村石産の美山工場は、付近の採石場から石を採取し、これを砕石機で粉砕し、ベルトコンベアーで振動ふるい機に運んで選別する等の設備(砕石プラント)を有する工場である。被告大塚鉄工は、芳村石産から右砕石プラントの改造工事及び製砂プラント工事(以下「本件プラント工事」という。)を請け負い、これを後記4に認定のとおり数社に下請けさせて、昭和五三年六月ころから右工事に着手した。同被告は、本件プラント工事の現場監督として同被告の従業員である訴外安島衛(以下「安島」という。)及び中條留由を右工事現場に常駐させて、下請業者間の連絡調整及び安全面も含めた工事の全体的な進行管理に当たらせていた。

3  被告大塚鉄工は、本件プラント工事において重量物等の移動・運搬のためにクレーン車を必要とし、安島又は中條を介して原告との間で運転手付きで右工事用クレーン車の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。右賃貸借契約に基づき、原告は、昭和五三年一二月二六日ころから坂本を運転手として、クレーン車を右プラント工事現場に派遣していた。

本件事故の日までのクレーン車の使用ないしこれによる作業手順は次のとおりであつた。坂本は、被告大塚鉄工からの派遣要請があると、クレーン車を運転して本件プラント工事現場に赴き、安島又は中條から当日の作業場所の指示を受けたが、その際具体的な作業内容の説明やそこで作業している下請業者との打合せはなく、指示された作業場所に着いて初めて当日の作業内容の詳細を知り、その場で当該作業の担当者と打合せをして作業を開始した。この間、作業上の安全面については格別の指示ないし打合わせはなかつた。クレーン車による重量物の移動作業は、移動を必要とする重量物をワイヤーロープで縛り(玉掛け作業)、これをクレーン車のフツクに掛けて吊り上げ、ブームを回転させて移動し、目的場所に降ろすという手順で行われ、安全の確保は、玉掛け作業をする者が、安全を確認して手振りで、クレーンの運転車に対し、吊上げ、ブームの回転及び降ろせの合図を送ることによりされる程度であつた。

4  被告大塚鉄工は、本件プラント工事のうち集塵機設置工事及び本件工事を昭和五四年一月二二日に代金二七〇万円で冨士産業に、同会社はこれを代金二一〇万円で上野エンジニアリングに、同会社はこれを更に被告金澤工業にそれぞれ下請けさせた。ところで、被告大塚鉄工は、冨士産業と右請負契約を締結する際、納期を同月末日とする条件を付けたため、一たん同会社から無理であると断わられ、必要な資材は同被告が提供するし、納期が二、三日遅れてもやむを得ないとの諒解の下に右契約が締結されるに至つたものであるが、本件工事の内容に照らし、右納期の遵守は極めて困難なものであつた。もつとも冨士産業は、右工事にはいわば名前を出すだけで直接的な関与はせず、設計は上野エンジニアリングに、施行は被告金澤工業に担当させることとしたものである。

5  被告金澤工業の代表取締役である金澤は、同被告の従業員である高橋外数名と共に、昭和五四年一月二六日ころから本件工事現場で作業を始めた。上野エンジニアリングからも設計担当の訴外森本猛士(以下「森本」という。)が本件工事現場に派遣され、金澤らと共に本件工事に従事したが、施行については専ら金澤が指揮し、具体的な作業に関して森本が指示その他の関与をすることはなかつた。金澤らは安島又は中條から前記納期の厳守を度々言い渡されていたので、常にこれを意識して作業を進めざるをえず、残業することもあつた。

6  坂本は、本件事故の日である昭和五四年一月二九日、中條から当日の作業内容について金澤と打合わせをするよう指示され、三五トン吊りのクリーン車である加害車を運転して、本件工事現場に赴き、その場で金澤と簡単な打合せをした結果、金澤が玉掛けしたダクトや鋼管を坂本が加害車で吊り上げて移動させ、それを高橋らが熔接するという手順で当日の作業を進めることにして、午前九時ころから作業を開始した。

ところで、本件工事現場は、砕石機と振動ふるい機に挾まれた場所であり、本件事故当日は、右機械が作動していたため騒音がひどく、しかも砕石機から出る粉塵のため視界が必ずしも良好ではなく、また、午後からは雪が降り始めるなど作業条件が悪化したため、他の現場で作業していた業者のなかには、午後の作業を切り上げたところもあつたが、金澤、坂本らは度々納期の厳守を言い渡されていたので、右作業条件の下でなお作業を続けた。加えて、当日も、坂本は、金澤が玉掛けしたダクト等を同人の手振りによる合図で吊り上げていたが、坂本の運転席からは障害物があるため金澤の玉掛け作業を視認することができず、四、五メートル吊り上げて初めて吊り上げた物が何であるかを知ることができる有様であつた。また、坂本は、加害車の側にある砕石機及びベルトコンベアーとの接触を避けるために、二〇メートル近くまで吊り上げてから加害車のブームを左回りに回転させなければならなかつた。

金澤の玉掛けは、二本掛けが多かつたが、一本掛けのときもあつた。

このようにして、同日午後四時過ぎ、坂本と金澤は本件鋼管の移動に掛かるのであるが、右鋼管は、重さ一六六キログラム、長さ五・五メートル、外径二一六ミリメートルであり、新品であつたため油も付着して表面が滑らかになつていた。金澤は右鋼管を一本掛けして坂本に吊上げの合図を送つたので、坂本は、これを吊り上げ始めたが、四、五メートルの高さに達したとき、瞬時本件鋼管が細長くて均衡をとりにくいので、一本掛けでは危険であると思つた。しかし、その時点では何とか均衡を保つていたので、坂本は大丈夫と判断してそのまま更に約一八メートルの高さまで吊り上げ、ブームを左回りに回転させ、約三〇メートル先の場所に降ろそうとしたところ、右鋼管が均衡を失つて傾き出したので、金澤からの合図を受けると同時に急いで降ろし始めたが、その途中でも傾きがより大きくなつていつた。それを見た金澤が、右鋼管の均衡を保とうとして下がつた方の先端をつかんだため、右鋼管は更に傾いて片方の先端が着地してしまい、その拍子に玉掛けしていたワイヤーロープの結びが緩んで抜け、支えを失つて倒れ落ち、その付近で熔接作業をしてた高橋の背中に激突した。

7  金澤は、玉掛けの資格を有し、また、安島ら被告大塚鉄工の現場監督者の指示を受け加害車による鋼管等の移動作業の指揮及び保安業務を遂行する立場にあつたところ、本件鋼管の移動前から本件事故現場付近で熔接作業に従事していた高橋に対して危険だから場所を移動するように一応の注意を与えたが、それが徹底しないまま同人は同じ場所で熔接作業を続けていた。他方、坂本も高橋に気付いていたが、金澤が高橋に対して当然注意しているはずであり、にもかかわらず同じ場所で作業を続けているのは万一鋼管等が落下しても危険な場所ではないからだろうと判断して、自らは、加害車のクラクシヨンを鳴らして注意する等の具体的な警告措置は採らなかつた。

三  右認定事実に基づき、本件事故の責任関係について判断する。

1  金澤及び坂本の責任

金澤は、玉掛けの資格を有する専門家であり、本件作業遂行に伴う安全を管理する立場にあつたところ、前記のように本件鋼管は、長さが五・五メートル、外径が二一六ミリメートルと細長く、また、重量が一六六キログラムであるうえ表面が滑らかであつたのであるから、これを吊り上げて移動するときには、均衡を失つてワイヤーロープから滑落する可能性があり、滑落するときには、その落下地点付近において作業している者の生命又は身体を侵害する危険性のあることを予見することができたものというべきであり、したがつて、金澤としては、二本掛け等複数の玉掛けを行うなどして安定を図り、又は、高橋を完全に安全な場所に避難させる等して、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、このいずれをも怠り、漫然と一本掛けの玉掛けをし、かつ、高橋に対する避難の指示を徹底しないまま、坂本にクレーン操作を指示した過失により、本件事故を発生させた。

また、坂本は、少なくとも本件鋼管が均衡を保し難い状態にあることに気付いた時点で金澤に玉掛け方法を改めさせ、かつ、高橋が避難したことを確認してからクレーンを操作する等、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然と金澤の合図に従つてクレーンを操作した過失により、本件事故を発生させた。

したがつて、本件事故は、右両名の共同過失に基づくものであるというべきであり(原告と被告大塚鉄工との間には争いのない事実である。)、両名は、いずれも民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  原告が本件事故につき損害賠償責任(民法七一五条一項、自賠法三条)を負うことは当事者間に争いがない。

3  被告大塚鉄工の責任

被告大塚鉄工は、本件工事の元請負人として本件工事現場に従業員である安島衛及び中條留由を派遣し、同人らを下請業者間の連絡調整に当たらせ、もつて、安全面を含め本件工事の作業工程全般を管理し、金澤、坂本らを指揮、監督していたものである。したがつて、右両名は、危険を伴う作業工程において無理が生じないよう作業環境を含めた全体的観点から適切な指揮、監督を行うべき注意義務を負つていたものというべきであるところ、全体に安全面に対する配慮に欠け、本件工事に伴う危険の把握が十分でないまま、ひたすら納期の厳守を迫つていたため、金澤、坂本らは、降雪等により作業条件が悪化した下で、作業の進行を急ぐ余り安全面に対する注意が薄れて行き、このことが本件事故発生の重要な一因となつたものと推認するのが相当というべきであり、また、同被告は、加害車を運転手付きで借り受け、本件作業に使用し、もつて加害車の運行に関し、その運行支配及び運行利益を有していたものともいうべきである。したがつて、同被告は運行供用者として自賠法三条に基づき、かつ、使用者として民法七一五条一項に基づき、本件事故によつて生じた全損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

4  被告金澤工業の責任

金澤は被告金澤工業の代表者であるところ、本件事故は前記三1に説示のとおり金澤の過失によつて発生したものであるから、同被告は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づき、本件事故によつて生じた全損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

四  高橋らの損害について判断するに、請求原因4(高橋らに生じた損害)の(一)ないし(六)の事実は、原告と被告大塚鉄工との間では争いがなく、また、原告と被告金澤工業との間では、同(六)の事実は争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二、第一三、第一四号証、乙第一一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第一〇号証の一、二によれば、右(一)ないし(五)の事実が認められ、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

五  原告の求償権について判断する。

1  共同不法行為者は、被害者に対しその損害の全部につき連帯して賠償すべき義務を負うものであるが、共同不法行為者相互間においては各自に国有の負担部分があるものというべきであり、共同不法行為者の一人が、その負担部分を超えて自己の出捐のもとに被害者に対して損害賠償義務の履行をしたときには、右の共同不法行為者は他の共同不法行為者に対し、その負担部分につき、不当利得の法理に基づいて求償することができるものというべきである。そして、右共同不法行為者各自の固有の負担部分は、公平の理念に基づき、共同不法行為者各自の過失の内容及び当該損害発生について行使すべき抑止力の程度、加害行為の違法性の程度等諸般の事情を斟酌して定めるべきものであり、法人が共同不法行為者としての責任を負う場合においては、当該法人がその代表者のいわゆる個人会社と認められるうえ右代表者が直接の加害行為者であるときには、右法人と代表者とが連帯して求償義務を負うべきものと解するのが相当であり、また、当該法人の従業員が直接の加害行為者であるときには、その過失の内容、加害行為の態様、使用者である右法人の設定した作業環境ないしは作業条件等を考慮し、信義則に基づき、法人と従業員との各負担部分を定めるのが右両者間の求償問題を一挙に解決するためにも相当というべきである。また、建設事業のように、元請負人、下請負人、その各労働者が同一作業現場において共同して作業を行つている場合においては、右共同作業の過程において共同の危険の生ずることは避け難いところであり、使用者を異にする労働者相互の加害行為等により労働者が損害を被ることのあるのを考慮すると、元請負人が事業主として加入している労災保険はもとより、右作業に用いられている自動車の運行に伴う危険を担保するための自賠責保険、いわゆる任意保険又は共済も、保険契約者又は共済契約者が元請負人以外の下請負人等であつたとしても、右共同の危険を担保するためのものであり、共同不法行為者全員の責任保険たる性質を有するものと解するのが相当であるうえ(なお、政府、保険者又は共済協同組合は被害者の損害を填補しても共同不法行為者に対して求償することはできないものと解し得る余地がある。)、被害者(被災労働者)に対し、その損害を填補するために政府から労災保険の給付が、自賠責保険会社から損害賠償額の支払が、自動車のいわゆる任意保険会社若しくは共済事業組合から損害賠償額若しくは共済金の支払がされたときはもとより、加害者が、被害者に対してその損害の賠償をしたのち、保険金若しくは共済金の支払を受けたときにおいても、右の各保険の填補額については、実質的にも、形式的にも保険契約者又は共済契約者の出捐と解することはできない。

したがつて、右のような作業現場における共同の危険から生じた損害につき共同不法行為者として責任を負う者相互間において各自が負担すべき金額は、被害者の損害額から右の各保険の填補額を控除した残額に前示のようにして定められた各自の負担割合を乗じて得た金額というべきであり、このようにして算定された負担金額を超えて自己の出捐の下に被害者に対して損害賠償義務を履行した共同不法行為者は、他の共同不法行為者に対し、その者の負担金額の限度で求償しうるものというべきである。

2(一)  請求原因5(求償権の発生)の(一)(支払)の事実は、原告と被告大塚鉄工との間では争いがなく、原告と被告金澤工業との間では前掲甲第一、第二号証及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(二)  同(二)(負担割合)について判断するに、前示の前記認定の本件工事についての契約関係、本件事故当時の本件工事現場における作業条件、本件事故に至るまでの作業経緯、事故態様、安島ないし中條、坂本及び金沢の過失の内容、原被告らの右両名に対する指揮・監督関係の強弱、加害車に対する運行支配・運行利益の程度、原被告らが現実に行なつた危険回避措置の有無・内容等を総合して判断すれば、高橋らに対する前記損害についての賠償債務負担者間の内部的な終局的負担割合は、原告は三〇パーセント、坂本は一〇パーセント、被告大塚鉄工は三〇パーセント、被告金澤工業及び金沢は連帯して三〇パーセント、富士リース、冨士産業及び上野エンジニアリングには内部的には固有の負担部分はないものと認めるのが相当である(以下、右の負担部分を有する者の間の求償関係を「本件求償関係」という。)。

3  同(三)(求償金額)及び被告らの主張1について判断する。

(一)  高橋らに生じた損害合計八四一三万八二〇〇円は、前記認定のとおり、原告から二二五〇万三〇〇〇円、被告金澤工業から一五一万九七一一円、自賠責保険から二一二〇万円、労災保険から八九一万五四八九円、本件共済組合から三〇〇〇万円がそれぞれ支払われて填補されたことが認められる。

(二)  そこで、右各支払が本件求償関係の対象となるか否かについて判断する。

まず原告の出捐した二二五〇万三〇〇〇円は、弁護士費用分の三〇〇万円も含めて全額が求償の対象になると考えるべきである。けだし、同費用も本件事故と相当因果関係に立つ損害であるというべきである以上、本来本件事故の責任を負うべき全当事者が各々の負担割合に応じて負担すべきものであり、原告が別件訴訟において偶々被告とされたという一事のみをもつて左右されるものではないというべきであるからである。

次に、被告金澤工業の出捐した一五一万九七一一円が本件求償関係の対象となることは当事者間に争いがない。

これに対し、前記認定の本件の事実関係、ことに本件事故が、一定範囲に区分された本件工事現場において直接・間接の契約関係に立つ原告及び被告らの従業員が加害車を用いて共同作業中にその共同過失によつて惹起されたものであるとの事実関係の下においては、自賠責保険からの二一二〇万円、労災保険からの八九一万五四八九円、東京自動車共済事業協同組合からの三〇〇〇万円が、いずれも本件求償関係の対象とならないと解すべきものであることは、前示の説示に徴して明らかであるというべきである。

したがつて、本件求償関係の対象となるのは、高橋らの損害額合計八四一三万八二〇〇円から自賠責保険からの二一二〇万円、労災保険からの八九一万五四八九円及び本件共済組合からの三〇〇〇万円を控除した残額二四〇二万二七一一円(原告の出捐額二二五〇万三〇〇〇円及び被告金澤工業出捐額の一五一万九七一一円の合計二四〇二万二七一一円と同額)であり、これに前記の負担割合を乗じて被告らの負担すべき金額を計算すると、いずれも七二〇万六八一三円となるから、被告大塚鉄工は右同額、被告金澤工業は右同額から自己の前記出捐分を控除した残額五六八万七一〇二円につき、それぞれ原告に対し求償義務を負担するに至つたものというべきである(いずれも一円未満切捨)。

六  被告らの主張2及び3について判断する。

1  被告らの主張2の事実のうち、原告と冨士産業及び上野エンジニアリングとの間で昭和六一年四月一一日、本件訴訟において裁判上の和解が成立したこと、原告が冨士産業から一〇〇万円及び上野エンジニアリングから二五〇万円の償還を受け、その余を放棄したことは、当事者間に争いがない。

ところで、冨士産業及び上野エンジニアリングには固有の負担部分のないことは前述のとおりであるから、右の和解における金員の支払は自己の負担部分の債務の弁済という性質を有しないものというべきである。しかしながら、冨士産業及び上野エンジニアリングの右和解金支払についての合理的な意思は、右和解金の性質いかんにかかわらず、原告の負担部分を考慮したうえで、分離前の相被告である被告大塚鉄工及び被告金澤工業のために支払う意思であつたと解するのが相当である。

そこで、右各金員を被告大塚鉄工及び被告金澤工業の原告に対する前記の求償義務の額に按分比例すると、被告大塚鉄工について合計一九五万六二五九円、被告金澤工業について合計一五四万三七三九円となるから(百分比につき小数点第一〇位以下切捨、金額につき一円未満切捨)、右金額分の各限度で、被告らの原告に対する求償義務は消滅したものというべきである。

したがつて、原告は、被告大塚鉄工に対しては五二五万〇五五四円、被告金澤工業に対しては四一四万三三六三円をそれぞれ求償することができるというべきである。

2  同3について判断するに、民法四四三条一項は債務者間に密接な協力関係のある連帯債務についての規定であるところ、本件のごとき共同不法行為者間の求償関係においては、共同不法行為者間に同項所定の通知を要求するほどの協力関係があるとはいえないから、同項の類推適用の基礎に欠けるものというべきであり、したがつて、その余の点について論及するまでもなく、被告らの主張3は理由がない。

七  原告の被告らに対する求償債務は前示のように不当利得の法理に基づく返還債務であつて期限の定めのない債務であると解すべきところ、原告が被告らに対し、本件訴状の送達の日より前に右債務につき支払の催告をしたとの事実は、これを認めるに足りる証拠はないから、原告の遅延損害金の請求中昭和五九年一月二八日から本件訴状が原告らに対して送達された日である同年三月八日までの遅延損害金の部分は、理由がないものというべきである。

八  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告大塚鉄工に対し五二五万〇五五四円、被告金澤工業に対し四一四万三三六三円及びそれぞれに対する昭和五九年三月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを正当として認容するが、その余はいずれも理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 藤村啓 竹野下喜彦)

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